「世界遺産・二条城」の天守復元!いくらかかるか?

「二条城の天守復元!の可能性を検討」

 

 

2016年(平成28年)9月17日

 

京都新聞の地域・総合 26面の記事に、

 

嬉しい話題が載っていましたので

 

紹介記事を書いています。

 

世界遺産・二条城(京都市中京区)を積極的に活用した観光振興や

 

文化の発信を考える京都市の有識者会議が2016年9月16日

 

江戸時代に存在した天守閣の復元を始めとする方策を

 

京都市の門川大作市長に提言されたと京都新聞に書かれていました。

 

実現すればスゴイことで楽しみですよね。

 

 

 

 

京都市の門川市長の発言がスゴイですよ。

 

「否定から始めず、次世代に引き継ぐことを含めて可能性を検討したい」

 

と、天守閣復元を中長期な課題として検討する方針を示されたそうです。

 

二条城の天守閣(5層)は、1626年に伏見城から移築されたが

 

1750年の落雷にて消失、

 

現在は土台の天守台のみが

 

現存しているそうです。

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「天守閣を復元する費用は?」

 

 

費用は20億円以上が必要だそうですよ。

 

 

私は天守閣があるのをお城だと思っていましたが、

 

天守閣は櫓(やぐら)の一つで、

 

「天守閣がないから城じやない」

 

と勘違いしていました。

 

天守閣は、たまに殿さまが登って景色を眺めるだけのもので

 

余り重要な建物ではないようです。

 

二条城は、天守はなくても、政治を司る「御殿」が無傷で残っており、


こちらのほうが城としてはるかに貴重なんですよね。


どういうふうに二条城で政治が行われていたかが

 

よくわかるんですよ。

 

 

 

 

「二の丸御殿」

 

は江戸時代の武家風書院造りの代表的な御殿で、

 

ここの大広間で

 

1867年(慶応3年)10月に15代将軍・徳川慶喜が諸藩の重臣を集め、

 

大政奉還を発表した御殿です。

 

 

構造は玄関である車寄(くるまよせ)につづいて、

 

 

「遠侍の三の間(とおざむらい)」

 

二の丸御殿内で最大の床面積をほこり,

 

約1046.1平方メートルあります。

 

一の間・二の間・三の間・若松の間・勅使の間等に分かれていて,

 

城へ参上した大名の控えの間です。

 

 

式台(しきだい)

 

参上した大名が老中職とあいさつを交わしたところです。

 

将軍への献上品はこの部屋で取次がされました。

 

 

大広間(おおひろま)大広間一の間・二の間

 


 一の間は広さ48畳,二の間は44畳となっています。

 

将軍が諸大名と対面した部屋で二の丸御殿の中で最も格式の高い部屋です。

 

この部屋で慶応3年(1867年)10月,

 

15代将軍慶喜(よしのぶ)が諸藩の重臣を集め,

 

大政奉還(たいせいほうかん)を発表した歴史的な部屋です。


 また二の間は後水尾天皇の行幸のときに,

 

南庭につくられた能舞台の見所に使われました

 

 

蘇鉄の間(そてつのま)

 

 

 

黒書院(くろしょいん)

 

将軍と親藩大名・譜代大名の内輪(うちわ)の対面所です。

 

白書院(しろしょいん)

 

将軍の居間・寝室だったところです。

 

の6棟が東南から北西にかけて雁行に立ち並んでいます。

 

 

京都新聞を読んだときは、スゴイと思いましたが

 

二条城の皆様の意見を見ていたら

 

20億以上かけて建てる意味がないのが

 

わかったように思いました。

 

皆様はどう思います?

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